芸備銀行塚本町支店
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問屋街として古くから栄えていた堺町筋に,レンガ造の広島商業銀行本店が建てられたのは1913(大2)年12月である。本川沿いの角地に出現した建物は町並みを一変させた。 広島商業銀行は,塚本町の豪商井東幸七らが浄土真宗の教宣団体である闡教部の活動財源を確保することを名目として,1896(明29)年に設立された。付近の商家を主な顧客に順調に業務を拡張,県内の有力銀行として発展していった。本店が新築された1913年は金融恐慌が勃発し,取付け騒ぎによりいくつかの銀行が休業した年でもあった。 広島商業銀行は日本銀行の救済措置などにより事なきを得たが,1920年には銀行の近代化を図る目的により,7銀行の合併による芸備銀行が発足し,この本店は同行の塚本町支店となった。 原爆によって建物は壊滅した。わずかに玄関のアーチ,外壁の一部などを残すのみとなった。出勤途上の職員3人が死亡した。支店は1945(昭20)年8月6日をもって廃止され,業務は本店営業部に引き継がれた。(広島市『ヒロシマの被爆建造物は語る』から) |
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