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原爆投下前後の広島市街

原爆投下前後の写真販売 国土地理院 中国新聞2002/11/9

 原爆投下前後の広島市街地を写した米軍の航空写真の閲覧と販売を、国土地理院が始めた。米国国立公文書館で保管されていたことが今春、判明した百十五枚で、一九四五年七月二十五日撮影分は、市街地ほぼ全域をカバー。民家や建物疎開の状況まで判別できる。

 七月二十五日の撮影は五十九枚で、米軍機が約八千五百メートル上空を四ルートで飛行し撮影した。一万四千分の一の縮尺で、現在の平和記念公園付近(中区中島町)に立ち並ぶ民家や広島県産業奨励館(現原爆ドーム)などが鮮明に写っている。現在の平和大通り周辺(中区)は、建物疎開で民家が撤去された様子も分かる。

 被爆直後の八月八日撮影の二十八枚は、二十五日の写真と比べ風景が一変。市街地は焼け野原で民家は跡形もなく、中央部では、わずかに袋町小や燃料会館(現平和記念公園レストハウス)などが残っている。八月七日の四枚と、同十一日の二十四枚もある。

 国土地理院が今年三月、米国国立公文書館カレッジ・パーク分館で発見し、ネガの複製を持ち帰った。写真譲渡の要望が相次いだため、通常の航空写真と同じ取り扱いで販売を決めた。一部は、広島大放射線医科学研究所(南区)も米国から持ち帰った。

 閲覧は無料。購入は一枚千百五十円で、引き伸ばしは別料金が必要となる。国土地理院中国地方測量部、電話082(221)9840。

【写真説明】上=1945年7月25日撮影の広島市街地。左上が広島城 下=1945年8月8日撮影の広島市街地。焼け野原にいくつかの建物が残る